進むべき方向

健康寿命

独りで仕事をしていると、悶々としたり、誰かに相談したくなる問題に遭遇します。

ほとんどの場合、できるだけ自分で考える正解
もしくは正しいと思う方向に導いて暫定的に解決とします。

これが常態化しているので、自分の思考は間違いなく偏っていると感じます。

しかし、人はそもそも自分の意志とは言いながら
誰かや何かによってその内容をコントロールされています。

誰かや何かが、自分の中で信用できるものであれば、簡単に真逆になるかもしれません。

本を読んだり、どうしても必要ならば誰かに教えを乞い
その都度、私の意志は方向を変えながら一定の答えを持ち続けています。 

不具合を訴えてくる方たちは、当然その不具合の解消を求めています。

医療が患者ニーズに応えるサービス業ならば、全ての訴えに沿うことが適切です。

だとすると、医療の提供側と受給側の価値観が合って初めて成立するものです。

尊敬する有森裕子さんが、ランナーの痛みに対するアドバイスの一つに
痛みの原因を自分で考え、医者任せにしないという記事が目に留まりました。

走るという意志には、故障するかもしれないというリスクを含んでいて
それも含めて走ることの責任を負うと理解します。

ランナーに限らず、生きている以上、人間には生きる責任があって
歳を重ねるに従って変化する現状を知り、受け入れる理解が必要です。

痛みやつらさを一時的に解消するのは、一方的な医療で
自分のビジョンがあって初めて医療の需給均衡がとれるのだと思います。

歳をとるのも悪くない

健康寿命

先日、生涯現役を貫かれた日野原重明さんが105歳で亡くなりました。

多くのメディアが訃報を取り上げました。

今日、日本の100歳以上高齢者は6万人を超え、珍しくなくなっていますが
生涯現役を全うし、医師の立場から生きることについて訴え続けてきた様は
100歳を超えた高齢者らしからぬパワーでした。

日野原さんの生き方は、今後超高齢化を迎える社会にとって
間違いなくお手本になるし、そうすべきだと思います。

置かれる立場は違っても、長くかつ健康で生きることのコツはあると思います。

それは、長寿を分析した結果とか、科学の裏付けではなくて
生きているヒトそのものという、まさに生き字引にほかなりません。

100歳超え、生涯現役以外にも日野原さんが讃えられることは多く
根底にある謙虚な人間性が、全ての言動に共感できるのだと思いました。

日野原さんの生き方を見ていると、歳をとるのも悪くないと少し思えます。

1キロの重み

健康寿命

'64東京オリンピックの日本代表だった選手などを対象に
その後の体力が加齢によりどう推移するかを日体協などが追跡調査しているそうです。

筋力は同年代と比べて優れているようですが
平衡性は逆に劣っているそうです。

継続は確かに力になりますが、ある一部に特化した継続は
それ以外の衰退を招きかねず、加齢はそれに拍車をかけるのだということでしょう。

筋力をとっても、日々全身的な運動、または局所を日替わりで動かさなければ
日常生活における自立はだんだん困難になっていきます。

足腰に不具合を自覚していない年齢、体力の方々は
想像すらしない、またはできないと思いますが、自覚し、それへの対策を講じていても
現状では、死ぬまで自分の脚で移動し日常を送ることはほぼできません。

全身のうち約70%は脚の筋肉です。
自分の体重を支え移動するには脚と臀部(おしり)の筋肉が必須です。

大腿四頭筋(ふとももの前)の筋肉量は男女とも60歳になると
20歳の時のおよそ2/3に減少します。

量が減り、弾力を失うと関節負荷が増します。
変形性関節症はその象徴と言えます。

そして、保存的に経過を見る場合、口をそろえて体重減少に言及します。

仮に20歳時の体重が60歳で維持できたとしても、筋肉量が減少していれば
相対的に関節負荷は増し、脚は移動手段として機能しなくなります。

1キロの体重増加は年齢を重ねるに従い、死活問題となります。

多くの方法論の存在下では、決定的な方法はないことが殆どだと感じますが
変形性関節症における体重減少は全ての医師、療法士が認め
症状の軽減、悪化防止に寄与することは間違いありません。

全身的なバランス良い運動習慣と体重管理は、加齢による体力維持
健康のための基礎を担い長期の自立を促すものであると言えます。

医療と主体

健康寿命

治療中、高齢の男性が「こんなに技術が進歩したのに
爪は自分で切らんとおえんのじゃなぁ。。」
また別の女性は「早うお迎えが来んのんかなぁ。。」と言いました。

8年後の2025年、75歳以上が4人に1人、いわゆる超高齢化社会を迎えます。
病気などで苦しむ人を救ってきた医療が、寿命の延長に貢献したはずが
一方で介護の需要を生むという皮肉な出来事だと思います。

2012年ips細胞でノーベル生理学医学賞を受賞した京都大学の山中教授が
現在の健康寿命から寿命の間、約10年間をips細胞を使った医療で助けたいと言っていました。

率直に素晴らしいと感じました。

川平法(促通反復療法)の考案者である鹿児島大学の川平教授は
現場で行われているリハビリは、目標の運動実現まで頑張らせれば何とかなるというものが多く
それでは患者、術者ともに無駄な時間を重ねている。
術者は目標の神経路に誘導し、患者はそれを確実に実行しなければならないと言っています。

2人の高齢者のように、長く生きることで日常に苦痛や困難を感じることは
全ての人に訪れる事実です。

どんなに医療が進歩しても、それらを完全に取り除くことは難しいでしょう。

しかし、科学技術の進歩や、研究を重ねることで明らかにされた事実などで得られた素材を
的確な目標に誘導し、確実に実現すれば多くの苦痛や困難は克服できるかもしれません。

健やかな将来は、医療のみの一方的なものではありません。

医療と主体、両者の相互扶助によってのみ得られるものだと思います。

年を取るのは良いものだ、という社会になれば本当に素晴らしいと思いますが
その一端を担っていると思うと、重責を実感します。

消耗品としての身体

健康寿命

先日参加した、丸亀ハーフマラソンのある記事が目に留まりました。
日本人で最も注目されていた、大迫選手のシューズに関するものです。

地面の反発が強ければ強いほど、大きな推進力を生じるため
ソールは薄いものを選ぶ傾向にあります。

しかし、今回大迫選手が使用したのは
ソールが今までのものと比べて厚いものだったという記事。

強い反発力は頻回に及ぶと当然身体へのダメージも大きくなります。

スピードを殺さず、かつダメージを小さくするシューズ選びは
世界のトップ選手に至っては必須になってきているようです。

選手生命は長いほど良い!?
というより、いつ競技に終止符を打つのか
そんなことを初めから決めている選手はいないと思います。

良い状態を作るために日々努力しているわけですから
良い状態が長く続くことが恐らく理想的な形だろうと考えます。

そこからの発想が、肉体の消耗で
MLBのピッチャーは投球数に早くから制限を設けているし
考え方によっては、NFLの選手交代が無制限なのもこの反映と言えます。

人は死に方を選べません。消耗の先に死があります。

スポーツの世界の身体ダメージを小さくする考え方は
実生活においても共通です。

一歩、一球による、ごく僅かのダメージの差が
選手生命を左右するのであれば
一歩、一球に注意を払わなければいけません。

また、あえて消耗の方向へ導くことや
その代償を無闇に医療に依存するのも賢明とは思えません。

食事・睡眠・運動の健康基盤の上に
鍼灸は消耗した身体に貢献できると考えます。

 

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