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’18岡山マラソン

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初マラソン!と、意を決してエントリーを試みましたが
甲斐なく落選に終わった第4回岡山マラソンが昨日晴天の中行われました。

今年も多くの大会出場の皆様に来院いただいとこともあり
結局、例年通り沿道からの応援です。

リアルタイムで選手がどこを走っているのか
動き、タイムなどがスマホでわかってしまう(;゚Д゚)

IT化でプライバシー保護の声も高まる中で
スピードが鈍ると“ペースダウン”の表示。。ダダモレデス笑

そんなことは置いておき、走っても応援しても1万人を超えるヒトたちのイベントは
やはり壮大で力が沸きます。

ヒトはなぜ走るのか?
2時間30分を目指す人もいれば6時間以内の完走を目指す人もいます。

“走る”という行為は単なる表現に過ぎず
その先には各々が掲げた目標があります。

いや、“走る”に比して得られる対価が“記録(タイム)”という目標で
異なるのは更にその先の“価値”です。

何のためにそのタイムを目指すのか?
また、何のために走るのか?

そこがヒトそれぞれなので
速かろうが、制限時間ギリギリだろうが、途中棄権だろうが
走ることができるのです。

42キロ走るということは相応の苦痛を伴いますが
価値実現を得る期待が持てます。

だから、シンプルであるが故、多くのヒトが取り組むことができるのだと思います。

自分が掲げたタイムで走れたでしょうか。
そして、その先の価値が実現できたでしょうか。

今のところ私の価値、目標に向けて
来年こそ!と思っています。

表現できるものの裏にある感覚

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普段、高齢の方との会話の内容はカラダの不具合についてがほとんどです。
当然、仕事柄そういうことになるのでしょうが。

同年代で集まったとき、ふと我に返るとカラダの不具合について話すことが増えました。

歳のせい、と言われればそれまでですが、寝れば元通りの若かりし頃とは
仕事や家庭、社会での立ち位置も変わり、気付けばカラダのあっちこっちが
以前のようにいかなくなったと実感します。

これを“衰え”と言うのでしょう。

久々に会った友人の頭が薄くなっていたり
日焼け止めの存在を知らず、炎天下で走り回ってできたシミ
笑ってできる顔面の深いシワなど
歳を感じるものはたくさんあります。

これらは客観的な可視による衰えです。

客観は極めて正しいのですが
普段、“若く見える”や、“動きが早い”と周囲から言われます、という方がいます。

これには“実際よりも”とか“年齢よりも”という大事な言葉が省略されていて
言われた本人はそうは思っていないことがほとんどです。

可視化によって不安は減り欲求は満たされつつあります。
私の興味を引く科学です。

可視は不確かを確かにした表現です。
得体の知れなかったものが見えるようになったということです。

しかし、忘れてはいけないのは、その対角にある感覚です。

自身の衰えは、他人から指摘されるものではない以前とは違う感覚だし
私は周囲が言うほど元気ではない、というのも自分しか持ち得ない感覚です。

数字や言葉で表せるものは、増えたといっても実際のほんの一部で
つまり、表現された部分だけを刈り取っても、それは氷山の一角に過ぎず
見えていないところを見ようとしなければ確信に近づくことはできないと思っています。

大義前提の個性

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今は個性を大事にする世の中だと言います。

高度成長期の右向け右を望ましいとする時代は熟したので
乱暴ですが、ある枠の外も個と認めましょうといった感じと捉えています。

登校班で通学する息子が、仲良しだけで固まって登校していたらしく問題になりました。

集団登校の大義は安全だと思っています。

ルールならば守られるべきである。
登校班での通学に従えない理由があっても守るべきである、という意見と
集団であれば問題ない、という2つの意見が我が家では出ました。

問題として耳に入ったことはありませんが
これまで遅刻におとがめはなく、安全を大義とすると
遅刻も問題提起されなければおかしいのではないかと思います。
(やらない人間の屁理屈と捉えられても仕方ありませんが。。)

前提としてルールは当然守られるべきなのですが
個性を考えるのであれば、何が最も重要なのか。を安定的に見る必要があります。
(決してルールを守らないことの肯定ではありません。)

大義前提の個性でなければならないということです。

私が扱う大義は健康です。

個性は、それぞれが考え求める自分の生き方です。

普段、不調を訴える方に無力だと感じることが多いです。

どんなに持ち得るエネルギーを投じても
施術をおこなっている時間はその人の生活の中ではほんの一瞬だからです。

言い訳でも手抜きでもなく
施術より自分で出来ることの方が圧倒的に多いと感じます。

そのために自分で出来ることをお伝えしています。

何が不調改善に最も重要なのか。

健康前提の生き方とは、治してもらう。ではなく
最後は自分で治す。という視点ではないかと考えています。

自力を使う

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いつから暑い夏を苦手と感じるようになったかわかりませんが
今年の猛暑は思考が止まってしまいそうでした。

暑さがヒトの生き死ににこれほどまで影響する日が来るとは
全く想像していませんでした。

しかしながら暑い夏にもやっと陰りがみえてきて
心身ともに胸をなでおろしています。

夏休み中ではありますが、息子のクラスにはエアコンがないそうで座学の授業は正に修行。
早急な改善が望まれます。

なぜこれほどまでに暑くなったのかは別として
今後の夏も暑いことは想像できるので
暑さ対策について色々試す良い機会ではあったと思います。

気温や湿度は不変の既成事実ですが
ヒトの身体には環境変化に適応しようとする機能が組み込まれているので
目に見えない変化を繰り返しています。

同じ気温湿度でも工夫次第で暑く感じたり涼しく感じたりするのはこのためです。

例年、早朝でも暑いので朝ランは休むことが多かったのですが
今年は夏休み中の息子を起こし一緒に走ってみました。

全身の汗腺がジンベイザメの捕食の如く開き汗を大放出させます。
しかし、間違いなく安静時に出る汗とは違い心身ともに爽快です。
おかげで涼しさを一瞬ですが感じることもできます。

暑さの克服にエアコンのみでは今後の夏に対応できないとこの度強く感じました。

エアコンは外力(他力)だからです。

ヒトの恒常性維持に今の時代、外力は大きく影響し
この存在なしでは生きていけないと言っても過言ではありませんが
大きな可能性と力を秘めているのは内力(自力)だと私は考えます。

そもそも発汗の一機能は体温を上昇させないためのものなので
上手く活用しなければ間違いなく衰えます。
また、適度な運動は季節を問わず筋骨格、関節機能の維持強化のほか
心血管系の循環を促進し、清々しい前向きな気持ちを得ます。

歳をとるに従って、昔のように身体が言うことをきかず
面倒なことは避けても事足りる世の中なので、簡単に自制しがちですが
ここに数年後、大きな差が生じると感じています。

苦手ではありましたが、体調を崩さずうまく適応できた今年の夏でした。

リスクから得るもの

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決勝トーナメント進出を見事に決めた日本。
ワールドカップサッカーの動向が気になるこの頃です。

グループリーグ最後のvsポーランドを前に
AIによる勝敗予想をするメディアがありました。

両国のここまでの戦いのデータを入力し
100回シュミレーションして出た最も高い確率が示したのは1-1のドローでした。

結果は0-1で敗戦となりました。
決勝トーナメント進出を最優先として賛否言われている
最後の戦術をとらなかったとするとひょっとします。

元々AIは諸学術に人工的な頭脳は可能か。というところから
学問分野として起こっているようですが
今日、AIは色んな分野で活用されていて我々はその恩恵を受けています。

今回の勝敗予想をはじめ、不確かな将来を高確率で占うことは
今後起こり得る危険を早期に回避できるといった意味を孕んでいて
無数の選択肢を一定数に絞り込むことができ、とても合理的かつ効率的です。

しかし一方では、無駄を完全な無駄と処理してしまうと
新しいものの発見や結果が得にくいといったことも考えられます。

ダメかもしれないけどやってみよう。
その結果、やっぱりダメだった。でもそこから得るものがある。
と、考えられるところがヒトの良いところだと僕は思っていて
実際リスクを負わなければ新しいものは生まれません。

だから普段の仕事で“型”という概念を出来る限り作らないという意識を持っていて
そこに納めれば終了とならないよう
あくまでも結果を見据えたプロセスに矛先を向けています。

確か、元日本代表監督の岡田武史氏が著書の中でリスクを冒せ、でも失敗したら怒る。
と言っていたのを思い出します。

何にせよ、ベルギー戦の日本代表の戦いに注目します。

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