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スポーツジャッジの将来

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四季のある日本は情緒や風情といった、目に見えなかったり表現しにくいものを
感覚的に捉えることが多くあるように思います。

スポーツにおいても定量できない流れの中の美しさや
バランスを評価する競技はあって、息子が習う体操はその中の一つです。

そこそこの速さで動くものを評価するのが“ヒトの目”なので
見る人によって違う評価になることはあると思います。

一方で、映像技術を使って疑わしいジャッジをビデオ判定することは
珍しくなくなりました。

どれだけ訓練された目よりも、科学のほうが正しく
客観性も公平だという覆されない事実です。

スポーツではありませんが、将棋の電王戦は今年で6回目でしたが
プロ棋士が勝利したのは過去1度のみ。

’16からは1局も取れておらず、ソフトponanza開発者の山本氏は
1兆を超える手数の中から瞬時に最も効率的な一手を判断できるコンピューターに
人間はもう太刀打ちできないと言っていました。

膨大なデータを処理して優劣をつけたり、正しいかどうかを判断するのは
ヒトよりも機械のほうが優れていると言えることが多くなってきました。

なんとなくですが、そうなんだろうな。。と感じる人は多いと思うし
スポーツのジャッジも、より確実で信憑性を求めるなら
最終的に科学の力を用いたほうがスッキリするとも思えるのではないでしょうか。

WBA世界ミドル級王者決定戦の判定結果に、世界から疑惑の声が上がり
同協会会長から今日、リマッチの指示という記事を目にしました。

ことボクシングは、勝つか負けるかは生き死にに関わり
その内容に情緒や風情を求めない色が濃いスポーツだと思います。

命を削って試合に臨み、プロライセンスを持つからこそ発生する多額のファイトマネー
選手や関係者のことを考えると誤審はあってはいけません。

そもそも、先入観や個人の感情が試合内容に関係なく結果に影響するなら
それはスポーツの正しい評価ではありません。

私は村田選手のファンということもあって、村田選手が圧倒的に優位に見えました。

ファンであることが前提なので、歪んだ見方をしている可能性があります。

しかし、これだけ多くの異議があるということは、ファンであることを差し引いても
間違いではなさそうです。

もし、人工知能を使って、ボクシングのジャッジができたとしたら
今回の判定がどうなっていたのか!?

パンチによるダメージ、手数、残っている気力体力など
客観的に表すことができるスケールがあるとしたら。。

とても興味深いし、おそらく納得できるものだろうと思います。

求める結果を出すには

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求める結果について、情報を集めたり経験の引き出しを開けたり
できる限りを尽くして絞り出したのは正しい答えなのか?
と言われると、そうではないかもしれません。

本当の答えは、1+1=2のように明白なものばかりではないからです。

更に、人は自分に都合良く、また、自分の嗜好に偏った解釈をする癖があり
集める情報や経験自体、限られた範疇であることがほとんどであると感じます。

人には、物の捉え方として、楽観的側面と悲観的側面があって、その割合は人によって異なります。

楽観的な割合が多ければ、物事の進行が早く、失敗や間違いがあってもすぐに立ち直ることができますが
悲観的な割合が多ければ、何かにぶつかるたびに止まってしまい
次の一歩がなかなか出ないばかりか、逆戻りしてしまうことさえあります。

だからと言って、楽観的な側面ばかりが良いわけではありません。

進行スピードが早ければ、その分冷静さを欠くし、判断の信憑性が損なわれます。
何事もバランスが大切で、両者を程よく兼ね備えることが肝要です。

自分に都合良く、偏った解釈をしていることを認識した上で
目の前の出来事に対峙することが、迅速かつ冷静な判断ができ
求める結果に近づいていることになるのではないかと思います。

 

約10年で変わったこと

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開院当初、脱サラで挑んだ仕事なので、この仕事で稼ぐとか
陸上に長い間携わってきたので、故障した選手の痛みを取り除いて早く復帰させてあげたい
といったものが、鍼灸を生業とする志でした。

10年を過ぎると、子どもから高齢者まで
幅広い年齢の方と接してきた影響が大きいと思っていますが
自分の望み通りに動ける身体になるための一助が今の志となっています。

赤ん坊は全身の器官、機能が未熟なため、また、高齢者も肉体、精神の衰退から
自分が動きたいように動けません。

だから、赤ん坊は泣くし、高齢者は愚痴が多くなり
動くこと以外の表現が増えます。

12年この立場で人と接することでわかったことです。

一方で、健康の入手先とも思える医療の発展と充実で自己分析、自己解釈することなく
医療機関で診断、処方が可能な世の中になり
少し前にはコンビニ受診などという言葉が流行りました。

生きるという責務を果たすために、医療は絶対必要です。

しかし、医療に依存する生き方を望む人は少ないのではないかと思います。

身体の不具合に対し、法律上診断できるのは医師だけですが
そこに至るまでの推測は、鍼灸師の得意とする領域ではないかと思います。

診断が出るころには身体は思うように使えず
コンビニ受診を繰り返せば、自力での改善が難しい状態になります。

些細な不具合から、診断に至るまでの長い時間の中で
なぜ今の不具合が生じているのか、将来の自立に繋がる構想を
一緒に考えながら治療していけることを望んでいます。

言葉と真意

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初診に限らず、普段問診は非常に重要だと考えています。

こちらが聞きたいことよりも、患者さんが言いたいことを引き出すことが大切です。
それは、こちらが得られる情報源は言葉だけではないからです。

言葉から得られる情報は、発している内容そのものではなく
患者さんの性格や本質的な内面といったほうが良いと思います。

言語によるアウトプットには、人それぞれ特徴があり
それは筆跡などのように、形態ではない個人の表現になっていて
意識してもなかなか変わるものではありません。

つまり、言葉の端々にその人の心の中の真意が隠れています。

例えば、自分がゴールを決めたサッカーの試合で勝ったとします。

自分のゴールが勝利に導いたという表現と
チームメイトの支えでゴールが決まり勝利した
というのでは気持ちのベクトルが違います。

同じ、勝ったという表現でも外向きの表現と内向きの表現があって
これは普段からその人の心の中を表しています。

逆手に取った使い方として、スポーツの世界などのビッグマウスと言われる
発してしまうことで、自分の内面を好転させようとする方法もあると思います。

治療に際して、一定の着地点をその都度考えますが
これに、その人の心のあり方は大きく作用すると思います。

可視化された言葉ではない、見えない心と身体の両方を捉えることで
良い治療になると思っています。

運動神経が良い人

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何もしなければ年を取ると体が硬くなっていく傾向にあります。

筋腱の成熟退化、神経伝達速度、筋血流量など
総合的な器質変化、機能低下が関わっていると思われます。

少し人より秀でて運動ができる人を運動神経が良いなんて言いますが
運動神経とは、脳から末梢に信号を送る神経のうち筋の運動を支配するものを指します。

この指令によって いわゆる運動が行われるので
運動神経が良いという表現は当たらずしも遠からずかもしれません。

他動運動・可動評価において、うまく力が抜けない人がいます。

色んな原因が考えられますが、その一つに硬さが関わっているのではないかと感じます。
これは勝手な想像です。

漠然とした表現ですが、硬さを分解すると
日常における、身体の痛みや強張り、だるさは
再現を行わないよう代償を生みます。かばうということです。

代償がさらに代償を生み、気付くと可動制限が広範に及び
自分自身で制御が行いにくい状態になる。

横になってリラックスしていると思っても
その時でさえ代償が生じ、脱力できなくなっている。

高齢者の場合、脳の萎縮や、それに伴う神経伝達速度の低下が
更に助長しているのではないかと考えます。

運動神経が良いと言われる人は、この制御がうまい人ではないかと思います。

身体の不具合は、どのように動かすと起こるのか考えて再現できたり
代償ではなく工夫して回避できる能力があるのではないかと思います。

つまり、自分が思うように自分の身体をコントロールできる
こういう人が運動神経が良いと言われるのではないかと思います。

遺伝子学では、BDNF(脳由来神経栄養因子)という遺伝子の
Val型、Met型の2タイプのうちMet型保有者のほうが
運動技能習得の際、その再現性について劣るという結果が得られています。

不器用なのは遺伝子由来かもしれないということです。

 

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