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知人者智、自知者明

治療室

人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり

2016年、最も気に留まった言葉です。

自分の本質を知る人は少ないのではないかと思います。

人を快にする前に自分を中庸に保つことが大切だと感じました。

消長は自然の道理ですが

だからこそ自分を知る者が“智”よりも深い“明”である

という老子の言葉に表現されていると思えます。

無事に往く一年に感謝し

新たな一年に期待と希望をもって

健康に尽力できるよう努めたいと思います。

全体を見る意味

ライフスタイル

節目の時季を迎え、心身ともに慌ただしい日々をお過ごしのことと思います。

開院十数年、季節と症状の因果は間違いなくあると感じていて
似たような症状での来院が増える傾向にあります。

どんなケースも、全身を評価することは変わりませんが
ルーティン化しただの作業にならないように注意しています。

それは基本的に、ヒトは偏見の塊だと思うからです。

悪い言い方ですが、偏った方向から見ることが常です。

自分の持っている知識や情報自体既に嗜好性があって
ある方向に全てを導こうとするように思います。

自身のスケールで図ろうとすることに問題はありませんが
事実を捻じ曲げてはめ込むことはあってはいけません。

ある見解は他の見方の上にあってbestではなくbetterであるということを
念頭におかなければならないと思います。

世の中はお互いがパズルのピースのような機能で補完して成り立っています。

自分にない物差しが必要な場合は、それを持つヒトに委ねれば良いのです。

然るべき医療機関で精査が必要と思われる症例があり想像通りの結果でした。

全体(身)を見ることの意味は一つではないということです。

機能としての歩行

ライフスタイル

先日、開院以来、最高齢と思われる来院がありました。

お一人でタクシーで来院されました。

杖は突いていましたが、足取りはしっかりされていました。

時代劇を見ていると、江戸から大阪まで歩くといったシーンがありますが
今の整備された道路でも約500キロ。
時速5キロで8時間歩いたとしても12.5日かかります。
(飛脚は3~4日で行っていたというから驚きです)

今は時間をお金で買う時代なので、速く移動するには
より速い移動手段を選べば意に沿います。

日本人は世界的に見ても働き者であるのは周知の事実ですが
時間に追われることが常態化するあまり
時間有余の時でさえ、車をはじめとする手段を選んでしまう傾向にあります。

マラソンやウォーキングは健康ブームの象徴ですが
本来、歩いたり走ったりすることは、手段ではなく人間が移動するための機能であるということを
再認識させる働きかけがあるように感じてしまいます。

私は、慣れは考える力や、本来もつ機能を失う危険を孕んでいると考えているので
ちょっとそこまでという感覚に、無意識に車に乗ってしまうのは
とても危険なことなのかもしれないと思います。

医学の進歩で、長寿は手に入れましたが
健康寿命を推進する意味では、それだけでは進歩ではなく
自助努力あっての健康寿命だということを想起させるこの度の来院でした。

 

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