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走ることと故障

スポーツ傷害

11/8第1回岡山マラソンが開催される。
参加1万5,000人中四国最大規模のマラソン大会。

当院には練習の疲労回復や故障の治療のため多くの選手が日々訪れる。

市民マラソンは健康ブームに乗って町おこしに使われるほどの盛況ぶりで
地方の活性化に一役担うほどだ。

マラソン

全くランニングをしたことのない人が突然走り出すと故障することが多い。

運動不足、走ることの知識不足など
故障の原因はそんな安直なものなのだろうか。

長距離を自分の足で移動することの最初は通学だけれど
通学で足を痛めた子なんて聞いたことがない。

また子どもに通学のために歩き方を教えるなんてしたことはないし
自分自身されたことがない。

飛脚は戦国時代以降人によって行われたそうだが
飛脚人に故障があったかどうかはとても興味深い。

速く走るために何かを意識することで故障につながるなら
何かをしながら走ると故障しないのかもしれない。

イチロー選手が毎日何百球もスローイングするとき何も考えず雑談をしながら投げるのは
フォームなどを意識しながら投げていると途中で筋肉に異常な反応が出るからだと聞いたことがある。

筋肉に異常をきたさない方法の究極を求めた結果だろうが
あらゆる方法を突き詰めた人の発想は考えてもたどり着けない。

出場ランナーは皆、自分の掲げるタイムや目標に向かって懸命に走るのだと思うが
足の運びや腕ふりなど走ることに意識を持っていくのではなく
普段車道から見る景色を目線で堪能しながら走ったほうが
疲労も少なく案外速くゴールできるのかもしれない。

ランナーの健闘をお祈りする。

計れないものを計る

ライフスタイル

必要とする人のニーズに応えようとする動きは今の世の中では当たり前になっていて
あらゆる業種でその実現は組織存続の死活問題だと思うし
もっと先のニーズを先取りしたり想像して提供することに力を注いでいる。

こんなものがあったらいいなと思う前に便利なものが日常にゴロゴロしていて
便利だと気付く前に淡々と使っている、なんてことが普通に起こっている。

見えないものが見えるようになる。
ドラえもんの四次元ポケットから出てくる道具ではないが
情報の可視化は色んな分野で行われている。

顕微鏡

筋肉の硬さを計る筋硬度計。テレビの健康番組などでたまに出てくる。
文字通り筋肉の硬さを数字で表す。
実は古くは1950年頃には存在していたらしいが一部の研究者によってのみで
一般の人が知るようになったのはまだ日が浅い。

肩こりを訴える人に何らかの施術をしてその前後で測定する。
当然施術後の数字を見てオォ~っとなる。

客観的な指標は説得力があるし納得できる。
しかし肩こりの人が求めるのは下がった数字ではなくほぐれた実感と楽になったという事実だ。

下がった数字に周りが反応するあまり本当は実感がなくても
楽になったと言ってしまう同調圧力という心理がはたらくこともある。

人は長く生きていると痛みやしんどい経験を必ずしている。
本当につらいとき人は声を出せない。

失礼な話だが痛いしんどい言っている時は正直まだまだいける。

痛みなどの感覚を定量で表すのにVAS(Visual Analogue Scale)というのがあり
普段これを評価によく使う。

つらくてしんどくて何もできない状態を10、全く何ともありませんが0といった具合で
今この辺りですと指さしてもらう。

実はこれが自身の経験上の相対的な評価になっていて
今つらくてしんどくてたまらないが頭の中を駆け巡っているのだが
忘れてしまっていたもっとしんどいを引っ張り出してくることで
あっそんなでもないと気付く。

計れないものは目に見えないだけで本当は計れてしまうのかもしれない。

子どもの自立を育てる

ライフスタイル

スポーツの秋真っ只中。
昨日は体操を習う息子の大会に行った。

練習と違う場所だったり人から見られたりは緊張感が増し
それが良いほうへ作用すると思った以上の力が発揮されることがある。

逆に上手くしなければといった内向きの力が強かったりすれば
練習で出来ていたことができなっかったりする。

小学校低学年の息子レベルでは一般的に技術の劇的な向上はないが
自意識の高まりでメリハリのある動きになる。

練習という努力の積み重ねを吐き出す場は絶対必要だ。

なぜならそこから上手くなりたいとか悔しいといった
その後の成長に繋がる経験を得ることができるからだ。

向上心が生まれると少々の叱責はむしろ背中を押す方向に働き
具体的な指導は目標が鮮明になり、より早い成長が望めると私は思う。

逆にそこに至るまでは、できる限り良いところを見つけて褒めなければならないと思う。

私は習い事で親が頑張ることはこの「褒めること」と
「安全で時間を守った送迎」だけだと思っているし実際意識的にそうするよう努めている。

親が技術的なことに口を出したり指導者の負の部分を子どもに伝え始めると
子どもは指導者より親を慕うようになり教える側と教えられる側の関係が成立しなくなる。
(学校の先生を昔ほど慕わなくなったのもこれが一つの原因だと思う)

何かを教える教えられるには信頼関係が必ず必要で
信頼できない人からの教えは実現できるはずがないし学びを奪うことになる。

教えることで自立を促すなら、自立とは
「考える力」「選ぶ力」「進む力」だと私は思っているので
親の偏見や先入観は子どもには全く関係ないし必要ない。

子ども 夕日

自立のために背中を押し続ける。

これは助言やアドバイスではないと思う。

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