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主観と客観

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主観と客観は相対する語として使われるが
両者の距離が同じに近いほど思考のブレが少ない。

ある物事について、自分はこれが正しいという主観が客観になったとき、同じかどうか。

この場合の客観は、自分以外の目という意味ではなく
ある物事を少し離れたところから見るという意味。

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言い換えると、その主観は感情的なものなのか、理性的なものなのかということになると思う。

感情の割合が多いと、時間が経つと判断が変わる傾向にあって
変えたり変わったりすることに問題はないが、それを繰り返すことは不合理だし混乱を招く。

感情的な思考や行動が悪という意味ではなく
自分が冷静に物事を考えることができているかどうかがわかる。

終末期医療に関する調査で、自分が痛みを伴う末期状態に陥ったとき
延命医療はやめるべきという回答が21%、自分の家族がそうなった場合12%。
同様に、自分が持続的植物状態で治る見込みがないと診断された場合
延命医療はやめるべきという回答は33%、自分の家族がそうなった場合15%というデータがある。

自分は延命措置を望まないが、自分の大切な人だと延命措置を行う。
数字を単純に捉えると、延命を望まないのに、延命措置を施してしまうという矛盾が生まれる。

色んな判断や意思決定において、自分の感情が入ることで
目の前で起こっていることが反対の結果ということは有り得る。

だから、主観と客観の距離が近いほどブレないということになる。

 

決断の喜び

ライフスタイル

有名人がお忍びで行くという飲食店のオーナーが、その人は、おすすめではなく
必ず自分が食べたいものをはっきり注文するという話をしていた。

一見、メニューにないものを頼んだりするのはわがままに感じるが
しかしそこには、大げさな言い方かもしれないが、決断の強い意思がある。

今の世の中は、色んなものを自分で決めることができる社会になっている反面
決めなくても事が進行したりもする。

“これ”とはっきり示すのは、日本人的ではない気もするが
そう言えるように、また言いやすくなってきたということは
そうしたい気持ちが潜在的にあったからだ。

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気持ちを他者に伝えることには、とても大きな意味があると思っていて
単に、意思表示の意味ではなく、裏には責任が生じている。

責任を負うことを嫌がる人が今の世の中には多いと聞くが
そもそも、やる気やモチベーションは、責任によって高まるものではないだろうか。

意思表示と責任は、自分の痕跡を残すということになって
振り返ったとき、少なからず満足を味わえるものになると思う。

決断とは、決めることと断つことなので
決めることで断たれる物事ができるという陰なイメージとは別に
断たれることでシャープになっていくという側面もある。

所詮、自分が進む道は一本なのだから、決断することは喜びのはずだ。

健康の担保

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高齢の患者さんが、昔は川で洗濯をしていたと話していた。

今のご時世、川で洗濯する人はまずいない。

それは、洗濯機があるから。それと川の水は汚いから。

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以前、便利は機能を失うという話をしたことがあるが
綺麗だった川の水は、人間の便利のために綺麗であるが故の機能を失った。

しかし、水質管理を担う人の手によって生活に必要な水は常に綺麗に保たれるようになった。

生まれた時から、蛇口をひねると綺麗な水が出てくることしか知らない世代の人には
そのことが健康を養う担保である認識はないだろう。

身の回りには、知らないうちに誰かが健康を守ってくれているということが多く存在する。

私は、健康の最終的な担保は自分しか持ち得ないと思っていて
こうありたいという健康像がそのバックボーンにあって今があるのだと思っている。

誰かに守られてばかりの健康は脆くて長続きしないのではないかと思う。

それにしても、川での洗濯の話しを笑ってできる
生死の間を生き抜いてきた人の器は大きい。

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